「法話の内容を観察工夫すること」とありますが、これは正しいことです。
教祖は100%間違ったことを言うわけではありませんが、このように時々正しいことを混ぜて
解説するためよく判断できないと教祖の発言は「全部正しい」というような錯覚を起こします。
なので、各自教祖の言葉には注意せねばならないのがあります。

また、教祖は意識か無意識か分かりませんが、平気で嘘をつきます。
なので、その事項に矛盾や疑問が生じることがあります。その際に教祖自体が信者に正しい
仏教の教えを示唆できないのもありますが、回答も無いので余計混乱を生じさせます。
また間違った教えなのを知らずにそのまま信者は信じる人もいますから、教団も信者も間違った
方向に進むわけです。

この「観察工夫する」ということは自分の頭で考え確かめる上で重要な作業にもなります。
ですが、この教団は「信者が勝手な判断をするな」と戒めます。
つまり、信者が正常な判断をされると教祖がコントロールできなくなるので、教祖の意に沿わせる
ためには教祖の発した言葉や思考に沿わせる必要があります。
なので、勝手な判断をするなとか教団で教えていることが正しいのだと洗脳し操作するわけです。
非常に気をつけなければいけない事項ですね。
サルにでも分かるアゴンのインチキと嘘 〜一切事経編〜解説9P目